【AOCL travel】フェルッチオについて学ぶ:ムゼオ・フェルッチオ・ランボルギーニの至宝 その2

フェラーリに、マラネッロの「ムゼオ・フェラーリ」と、エンツォの生家があるモデナの「ムゼオ・カーサ・エンツォ・フェラーリ」のふたつのミュージアムがあるように、ランボルギーニにも、本社内にあるオフィシャルのミュージアムと、ランボルギーニ一族が運営するミュージアムのふたつがあります。

もちろん、創始者フェルッチオのことを知りたいのならば、後者の「ムゼオ・フェルッチオ・ランボルギーニ」がオススメ。

ここでしか見ることができないものを、数回にわたってご覧に入れましょう。

今回はその第2弾です。

実はレースに参戦していたフェルッチオ

サンタアガタ・ボロネーゼのランボルギーニ本社にあるミュージアムは、博物学的に見学するにはいいでしょう。しかし、人の歴史のようなものは伝わりづらいものがあります。

たとえば、創始者のフェルッチオの魂を感じたいと思うなら、ムゼオ・フェルッチオ・ランボルギーニの方が、フェルッチオの熱量を感じることができるはずです。

そこで、そんなフェルッチオの魂に触れることができる1台をご紹介。

ランボルギーニの創始者フェルッチオは、レース参戦には消極的だったといわれています。

しかし、実はスーパーカーメーカーを立ち上げる前に彼はミッレミリアに参戦した経験があるのです。

そのときの参戦車両がこのフィアット・トッポリーノ・バルケッタ。ミュージアムの展示では、フィアット ”バルケッタ” スポーツと表示されています。

しかし、このクルマの車名は実はあってないようなもの。

というのも、フェルッチオは、フィアット・トッポリーノの屋根を切って、みずからバルケッタに改造。

エンジンも567ccから650ccへとボアアップ。もとのトッポリーノの面影が伺えないほどにカスタマイズしていたのです。

ベース車両となったのがこれ。

妻であったClelia Montiとの結婚式で実際に使用したトッポリーノをカスタムしたと言われています。フロントにはトラクターに採用されていたエンブレムを彷彿とさせるエンブレム。

そしてリアにはフェルッチオ・ランボルギーニのネームプレートが装着されています。

しかし、1948年にミッレミリアに参戦したときのモノクロームの写真には、これらのエンブレムなどは見受けられないので、後に取り付けられたものだと思われます。

ミッレミリアでの戦歴ですが、途中でドライバーであった友人がミスしてしまい、事故に遭ってリタイア。

その時の事故で怪我をしたこともあって、その後フェルッチオはレースに消極的になったとも言われています。

MUSEO FERRUCCIO LAMBORGHINI
ムゼオ・フェルッチオ・ランボルギーニ

所在地:S.P. Galliera n. 319 – 40050 Funo di Argelato (BO) – Italy
TEL:+39 051.863366
Guided tours: +39 338.6511527
URL:https://www.museolamborghini.com/it/home/

 

【photos & text】

 

西山 嘉彦

LAMBORGHINI LIFE 編集長
GarageLife 副編集長
日本旅行作家協会会員
大学卒業後、ドキュメンタリー映像の助監督を経て出版業界へ。某建築雑誌の版元で編集技術をマスターし、縁あってクルマ系雑誌編集部のある版元へ移籍したのが運の尽き。以来、カメラ雑誌、グラビア誌、BMW専門誌など自分の興味あることを中心に雑誌を立ち上げる。その後、幾つかの月刊誌、スーパーカー専門誌の編集長を務める。現在はガレージ系雑誌などの編集などに携わっている。

【ブログ】

ART LIFE MAG.    エディター・ニシヤマの徒然なるブログ

【関連雑誌紹介】

LAMBORGHINI LIFE(ランボルギーニ ライフ) 2 (NEKO MOOK)
【主なコンテンツ】
●SOUL V12
・Lamborghini CENTENARIO
・350GT
・ESPADA
・JARAMA
・MIURA SV
・COUNTACH 5000 4V
●HURACAN
・circuit impression
・road impression